いただきましたモニター当選者の皆様のご感想は、こちらのページ上にて掲載させていただきます。感想を御覧になって、お好みの本を見つけてください。

光秀の定理

■第37回モニター「光秀の定理」垣根涼介

※いただいた文面から、一部抜粋させていただきました。

ピアノ さん (学生)
今回はじめて歴史小説と言うものを読みました。今までのイメージでは、歴史小説は堅苦しくて面白くないと思っていました。しかし、この秀吉の定理は、歴史に疎い私でも最後まで飽きることなく読むことができました。登場人物がみんな個性的なキャラクターで面白く、行動や言動などもよく考えられていてその人がどのような人物なのかよくわかりました。
さん (その他)
歴史小説は嫌いではないですが、正直、とっつきにくいイメージが先行してしまって、なかなか書店では手が出ないジャンルでした。今回、モニターということもあり、また、以前から興味のあった明智光秀の物語ということもあったので応募させていただきました。これまでに現代小説を書かれている著者というだけあり、大変読みやすく、その世界にも入り易く、気付いたらあっという間にのめり込んで、すっかり睡眠不足気味になってしまうほど夢中になりました。所々で何度か、鳥肌の立つような潔いシーンがあり、緩やかながらも凛とした思いやりと義理人情の世界があり、光秀とは、こんなにも生真面目で誠実な人だったのかと、また新たな視点で歴史に興味を持てる機会も与えていただきました。大変感謝しております。
れもん さん (公務員)
とてもよい物語でした。これまでに読んだどの光秀とも違う光秀にも、新九郎、愚息にも惚れました。登場人物が非常に魅力的で、残りのページが少なくなるほどに寂しさが募りました。できればまた出逢いたい人たちです。
じゅんじゅん さん (学生)
後半が見せ場なのだろうけれど,私は前半の,愚息に影響されて新九郎や光秀が徐々に変わっていく様子に惹かれた。物語があまりにもさらりと自然に始まるため暫くは気にならないのだが,愚息という坊主の素性だけが,はっきりとしない。信じ切っていいものかどうか判然としないはずなのに,新九郎や光秀,更には藤孝や光秀の妻熙子まで,なぜか愚息に惹きよせられていく。読み進むにつれて,私も彼に惹かれていった。この物語の中で,一番「サムライ」らしい人間が愚息だったように思う。主人に対する家来の忠義心,忠実な家来に対する主人の信頼や愛。これらが歴史小説の醍醐味だと思うが,こういったものもいやらしくなくさらりと描かれていて好感が持てた。
くぼちゃん さん (会社員)
一気に読んでしまいました。タイトルでは、ちょっと窮屈な内容かと覚悟していました。が、ちょっと頼りない光秀を支える登場人物がステキです。おまけに数学まで出てきて。今までとは違う光秀像がとても哀しく思いました。
ルー さん (学生)
題名に冠された「光秀」の名だけで本書を手にしたものの、冒頭から心をしっかり掴まれ最後までひきずり込まれました。光秀のファンとしては本書のような光秀像を待っていました。史実上の人物と“愚息”と“新九郎”―そこに描かれた新たな世界観に最後まで目が離せませんでした。愚息というメンターに導かれ成長した新九郎と、愚息に魅かれ、畏敬の念を抱きながら最後まで自身の運命とプライドを持ち続けた光秀―それほどまでに他者を惹きつける愚息という男の性分をもっと知りたくなりましたが、その物足りなさが本作品における醍醐味の一部なのでしょう。最後まで安定した筋書、布石の置き方の絶妙さ、どの場面にもちりばめられた教養の深さ。それでいて駿馬の走るように軽やかに流れるストーリー、そして今正に、目の前で展開しているようにすら錯覚するほどの臨場感―。根幹を支える確率論や人生論だけでなく全体を通し心理学、社会学、宗教学そして民俗学の側面をも併せ持つ単なる歴史フィクションにとどまらない内容の濃さに感服です。久々に出会えてよかったと思える秀逸な作品だと思います。
asahi さん (主婦)
明智光秀の伝記に近い小説かな?っと思いながら読み進めると全く違うものでした。前半は愚息と玉縄新九郎時実を中心に話が進み、光秀はあまり登場しません。後半から光秀・信長など歴史でよく耳にする登場人物がでてきました。私は後半部分より前半の「玉縄新九郎時実」が愚息の生きざまを見ながら、己を成長させていく姿が印象に残っています。玉縄新九郎時実は、己がが賢くないということをわかった上で、物事をどう考えたら賢い愚息に近づけるかと自問自答しています。このような努力で向上していこうという姿が好ましかったです。
ヴィヴィアン さん (主婦)
明智光秀の名前を初めて聞いたのはおそらく小学生の時の社会の授業で、「三日天下」という言葉と一緒でした。なので子供の頃の光秀のイメージは愚かな裏切り者。長じてからは、歴史番組や他の小説、ドラマなどで、愛妻家だった一面、有能だったこと、信長の彼への仕打ちなどを知るにつれ、彼のイメージは、一流ではあっても、超一流にはなれなかった、追い込まれて、または誰かにそそのかされて、自身と一族郎党を悲惨な運命に追いやってしまった悲劇の人、に変わりました。しかし、この小説の光秀は、愚かでも悲劇の人でもなく、友に恵まれ、一族を大切にする、生真面目で、正直で、素直な愛すべき人物でした。彼が歴史で果たした役割も愚かなピエロではなく、十分に主役たり得るものでした。
光秀に、よくやった。よく生き抜いた。と言ってあげたくなりました。
HASE さん (学生)
明智光秀は、「本能寺の変」を起こした人物として有名ですが、本作は、それ以前の光秀を主として描かれています。乱世の中を実直に生きる光秀の姿に感動しました。歴史小説でありながら堅苦しさがなく、ページをめくる手が止まりませんでした。これが現代の歴史小説か!と驚きました。
山田花子 さん (会社員)
本格的な歴史小説は難解で苦手だったが、最後まで一気に読破した。愚息、新九郎、十兵衛の三つ巴に感服。思えば出会いの妙から最後まで、数の論理が道行く道を照らし、運命を導いていた。この歴史小説とは一見相反するような数学的な分析と、人間臭さを捨てきれなかった十兵衛の人となりが醸し出す柔らかさが、私のような歴史オンチでも心地よく文字を追えたのだと思う。どこかとぼけたような生臭坊主の愚息の説く理念が正であるか誤であるか、まさに「人は人、状況も変われば人も変わる」のだ、それでいいとおもえてくる。愚息と新九郎を一生の友と思いながら、我が身の運命を受け入れる十兵衛の心を想像すると、まさに万感の思いだ。それだけうまい小説と言う事だろう。間違いなく垣根氏の新境地を超え、新たな代表作になることは間違いない。
ケイ さん (会社員)
一旦読み始めるとあっという間に全てのページをめくってしまった。人物の描写も魅力的で、引き込まれた。歴史小説ではあるが色鮮やかで、あたかも自分が光秀の人生を駆け抜けたかのような臨場感であった。
てけてけ さん (学生)
歴史小説となると、これまで血なまぐさいものしか読んだことがなかったので、この作品のように知的なものを読んだのは初めてで衝撃的だった。各登場人物もしっかりとした個性があり、誰一人として霞んでいない。歴史小説を読んでいても戦いや人物関係の記述がほとんどのため途中で飽きてしまうこともあるが、本著は違った。聡明さや考え方、人物すべてが面白く、とてつもなくひきこまれた。
陽都 さん (無職)
私の中のイメージの明智光秀さん像と違い、面白かったです。光秀さんは、生真面目、先読みばかりの印象がありましたが、この小説では、内面の心情が繊細で、仲の良いご夫婦、愚息さん、新九郎さんに心開き会話する明智さんがすごく良かったです。本能寺の変は、光秀さんがやったからこそ、意味あることだと思っています。
ノラコ さん (会社員)
初めての歴史小説で、すこし難しかったけど明智光秀の新たな一面が見れたようで面白かった。
のんびりのん さん (公務員)
面白かった。光秀は、青年だが、努力の人であり、女々しく、草食系に感じた。愚息と新九郎の3人の出会いは、すがすがしく面白い。また、愚息と新九郎の個性がよく、ファンになった。会話のテンポもよい。愚息が藤孝の屋敷前で憤慨したシーンに、魅せられた。新九郎の剣術の成長と人としての成長に嬉しくなった。見事な剣術アクションに羨望。『倫理や観念、一時の結果論だけで事象を判断しては、ことの本質を見誤る―。』私も、気を付けて生活したい。私は、定理は解けず、信長の説明でやっと理が理解できた。新九郎、十兵衛とともに凡だ。藤孝のしたたかさや、悪党ぶりに、辟易しながらも、いつの時代も、こういう者はるのだなあ、そして、なぜだか、生き残ると感じながらも、気持ち悪かった。
ディーク さん (公務員)
数学の『確率』を話に盛り込みつつ新九郎、愚息、十兵衛の3人を絡めて話を作り上げているのが非常に面白かったです。まさか、あの場面であのトリックが活用されるとは思わなかったので驚きました。異なる時代で教育を担う立場としては、本来学問とは、彼らのように興味を持って学ぶべきだと改めて確認しました。彼等は身近なものであるからこそ、あそこまで数学の『確率』を考え、自分たちで答えを導こうと努力できたのだと思います。私も、あのように興味を持ってもらえるような指導を行っていかなくてはと反省しながら読んでいました。また、立場の全く異なる彼ら3人が共に時間を過ごし、お互いに刺激し合う友であることが、教科書で知っている明智光秀を人間味持たせてくれていて、読んでいてわくわくしました。改めて、歴史上の人物たちにもそれぞれいろんなエピソードを持って生きていたのだと感ぜられました。
ライムとザクロ さん (学生)
現代小説をこれまで書いてきた方の歴史小説ということで、時代小説に慣れて無い身にも非常に読みやすい作品でした。歴史では勝者の側からしか語られないが故に謎の多い明智光秀という人物を、小説として描くという試みの作品は他にも読んだ事があるのですが、本作の特徴と感じた部分は、新九郎と愚息という2人の歴史の表側には出て来ない人物の存在でした。全体として、その時代に生きた人物の物語というよりも現代から当時を振り返った歴史を活劇調に面白く書いた作品で、各場面の出来事から少し距離を置いた目線が印象的な中で、新九郎と愚息という2人の存在は例外的に息遣いが伝わってきました。タイトルの『定理』という言葉がよくよく頷ける、愚息の行う博打に隠れた原理はとても面白く時代小説というイメージにはなかった面白みを感じました。
あーや さん (主婦)
小説が好きで普段から読んでいますが、歴史小説はあまり読んだことがないので楽しめるか不安がありました。しかし読み始めてすぐに男たちの実直さや弱さや真摯さにはまり、その他にもひとつの謎解きの行方に夢中になってしまいました。男たちが今後どうなっていくのか、謎は最後にはタネが明かされるのか気になって手を止めることが出来なくなり一気に読み切りました。歴史小説が初めてと言う方や読む機会があまり無いという方でも読み易い本だと思うので、たくさんの人にオススメしたい本です。
MAY さん (会社員)
明智光秀、織田信長、豊臣秀吉…。「歴史上の人物」としてのイメージはあるけれど、「人」としてイメージができない。そんな名前だけを知っている人物が、当たり前なのだけれど、本当に「人」なのだな。と思えた。そんな人たちとのやり取りを見て、自分を見失わない新九郎と愚息の凄さを感じた。こんな「すごい」人たちと話していると自分がどうするのが正しいのかが分からなくなりそうな気がするから。
アミアミ さん (その他)
時は戦国、乱世の時代。天下統一を狙う織田信長の配下には武術に優れた大将や知恵に秀でた知将が集い始めていた。その中には明智光秀もいた。木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)と並んで信長の「お気に入り」として知られた武将である。頭のきれる武将として知られる光秀だが、実はその朋友二人がその道に秀でた才能のある人物たちだった。一人は戦術を唱える知恵者の兵法者・新九郎。もう一人は賭けごとに強い運気をもつ僧侶・愚息。そしてこの愚息が常から行っている「4つの椀のうち3つの椀に石を入れて空っぽの椀をあてる」という賭けごとに7割以上の確率で勝利する定理が、光秀の運命を変えることになった。六角氏との戦いのとき、光秀は長光寺城を攻める命令を受ける。敵地山城に向かう山道は4つ。そのうちの3つに伏兵が潜む。2つの道は見極めて候補からはずし、残る2つの道から選ぶことになった。ここで悩んだ光秀は、愚息にどの道を選べばいいのか、問い掛ける。結果的に愚息の選んだ道で大勝利を得ることになり、その作戦を信長から褒められる。だが、光秀には定理の理由を説明できず、仕方なく二人の朋友の存在を信長に打ち明ける・・・。小説はあくまで光秀側の視線で描かれているので、新たな光秀像が浮かび上がっている。こんなに頭のよい友がいたのかと驚きであった。ものごとは真正面から見るだけではいけない。少し角度を変えて見れば違ったものが見えてくるという愚息の定理に驚くばかりだった。そして光秀よりも頭の回転の早い利発な妻、煕子の存在にも驚いた。 通り一辺の歴史小説ではあらわせない光秀像があり、思いがけないほど愛妻家で優しい光秀の姿に親近感を覚えた。数学が苦手で凡人の私にはこの定理、すぐには理解できなかったのが少し悔しい。
ボノ さん (会社員)
面白くて考えさせられる内容で一気に読む事ができました。戦国時代に興味がない人にも楽しめる内容です。物事の定理を考える事、その定理に従って生きることの大切さを教えてくれる本です。
リオ さん (専門職)
明智光秀とは、こんなにさまざまなものを背負っていた人物だったのか、と改めて実感した。「敵は本能寺にあり」という科白のみ一人歩きして、勝者の歴史では「謀反人」と位置づけられてきた人物であるが、彼が土岐源氏に連なる一族の長であり、斎藤道三の失脚に伴って凋落した前史はこれまでほとんど知られていなかったように思われる。彼が歴史の表舞台に躍り出たのは、織田信長に仕えて以降のことだった。 司馬遼太郎の『国盗り物語』を愛読していた私は、もともと信長より、そして秀吉より光秀に共感を覚えていたが、この小説を読んで、ますます彼が好ましく思えた。正直で不器用、そして「かくありたい」というより「かくあらねばならぬ」という責務の意識を行動原理とした彼は、自分の生まれた境遇を受け入れ、その中で最善を尽くそうとしたように見える。この小説の中で、光秀自身は信長を討つに至った決意については述べていない。代わりに、愚息と新九郎が彼の胸の内を推測している。光秀には、「独裁者が君臨する未来を待つより、我が一族を守り抜きたい」という思いがあった、と。そして、それを突き詰めれば「この国の民の行く末を危惧する気持ちと変わらぬ、それゆえに見方によっては単なる主殺しにしか見えぬ出来事が、この国の歴史を大きく変えた」と愚息は言う。これは勝者の歴史ではとらえられない光秀像が出現したように思われる。ラストは、ほとんど過酷だった光秀の生涯に対する著者の希望的観測であろう。責任感の強い光秀が生き延びたとはとても思えないが、彼にも人生を楽しむときが持てた、と思いたい気持ちはよく理解できる。確率論は、数学の問題と認識していたが、柔軟に考えれば、生き方の選択にも通じる問題ともとらえられることを愚息に教えられた。このことは、現代社会でももっと教育の現場で強調されてよい気がする。
abooka さん (主婦)
魅力的な登場人物たちに惹きつけられ、あっという間に読み終えた。戦国時代のことであるにも関わらず、現代にも通じる名言がたくさんあって、ハッとさせられることが多かった。衝撃的だったのは、本書では、首謀者である光秀が主役級のスタンスをとりながら、「本能寺の変」については光秀目線での描写を一切せず、何年も経った後に回想として事件の真相を問うやり方。歴史上の「敗者」である十兵衛(光秀)の沈黙を、朋友たちがじっくりと読み解き、新しい世界を見せてくれる展開の仕方が非常に面白い。歴史的事象の羅列自体には重きを置かず、そこに関わる人々の思惑、背景などから、不思議な僧「愚息」の言葉をヒントに、十兵衛や新九郎が理(ことわり)を見出していくところが、実に特徴的で本書の魅力。彼らが必死に思いを巡らす過程には人間性が滲み出ており、読者はますます彼らに親近感を抱くことだろう。 また、一貫して愚息の賭博の理論を様々な場面で絡めていることも印象的。単なる確率論ではなく、人間関係の緩和剤となったり、戦の最も肝要な進軍路の選択で使われたり、更には終盤、釈迦の言葉に通じ、戦国を生きる武将たちの生き様に擬えているところは見事。十兵衛の最期はあっけなく、朋友たちが辿り着いた事変の真相も、あまりに物悲しい。不器用なりに懸命に生き、一族の復興を遂げようと奔走してきた彼の生き様が、「不向きの渡世」という言葉で括られてしまうのが本当に儚く、しかし戦国の世を如実に表していると思った。愚息や新九郎という身分や思想に縛られない自由人と、血筋の義務を負った十兵衛とのコントラストが、当時の世相を現代の感覚で解釈しやすくする鍵になっているような気がする。十兵衛の死に至る特徴的なシーンはすべて、彼の死を捉えるための伏線になっており、読み込め読み込むほどに、様々な解釈を楽しめるストーリーになっている!
こうっち さん (無職)
今までの明智光秀のイメージが覆されました。自意識の強い人だと思っていたのですが、この作品を読むと、バカ正直で不器用すぎて、でも真っすぐで、彼の印象が変わりました。なぜ、本能寺の変を起こしたのか、私もずっと考えていたのですがこの作品を読んで分かったような気がしました。彼の友達の愚息の言葉一つ一つが自分の中に響いてきました。
陽菜 さん (学生)
今まで歴史小説を読んだことがなく、この作品が初でした。読まず嫌いだったのですが、この作品はすらすら読めて、一気に読破してしまいました。光秀=裏切り者くらいの印象しかなかったのですが、今は光秀が少し好きになれそうです。人間的で身近に感じられます。光秀以外の登場人物もすごく魅力的にえがかれています。今まで歴史小説を読んだことがない人も歴史小説が好きな人も面白く読める作品だと思います。
こんぺいとう さん (その他)
正直、明智光秀にはあまり良い印象はなかったのですが、小説の中で確かに生きていた光秀を見ていると、彼は生きる時代を間違えたんだなと改めて感じました。愚息の言う通り、武将として生きていくには、光秀はあまりにも質朴で、直情に過ぎたのかもしれないと。光秀が愚息や新九郎と笑いあったり、妻と穏やかな時間を過ごしたり、そんな素朴な姿を見ていると、実際に本能寺の変を起こしたことで、光秀は日本という国の時代の流れを大きく動かした人物なのだけれど、本当はこういう時間を大切に生きていきたかったんじゃないかと切なくなりました。実直すぎたばかりに利用されてしまった、そして正直者は結局損をするのかと悲しくもなりました。同じく信長に就いていた秀吉と、性格が全く正反対なのも興味深いところでした。そして、最後に少し鳥肌さえ立ってしまった細川藤孝の最後の場面。彼には最初の登場から、何か得体の知れないものを感じていましたが、愚息の言葉を借りて、悪人ではなくとんだ悪党だと、私自身も一瞬で毒気を抜かれてしまいました。