立ち読み

ポケットに名言を

著者:寺山修司
デザイン:鈴木成一デザイン室

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 1 言葉を友人に持とう

 言葉を友人に持ちたいと思うことがある。
 それは、旅路の途中でじぶんがたった一人だと言うことに気がついたときにである。

 たしかに言葉の肩をたたくことはできないし、言葉と握手することもできない。だが、言葉にも言いようのない、旧友のなつかしさがあるものである。

 少年時代、私はボクサーになりたいと思っていた。しかし、ジャック・ロンドンの小説を読み、減量の死の苦しみと「食うべきか、勝つべきか」の二者択一を迫られたとき、食うべきだ、と思った。Hungry Youngmen(腹のへった若者たち)は Angry Youngmen(怒れる若者たち)にはなれないと知ったのである。
 そのかわり私は、詩人になった。そして、言葉で人を殴り倒すことを考えるべきだと思った。詩人にとって、言葉は凶器になることも出来るからである。私は言葉をジャックナイフのようにひらめかせて、人の胸の中をぐさりと一突きするくらいは朝めし前でなければならないな、と思った。
 だが、同時に言葉は薬でなければならない。さまざまの心の傷手を癒すための薬に。エーリッヒ・ケストナーの「人生処方詩集」ぐらいの効果はもとより、どんな深い裏切りにあったあとでも、その一言によってなぐさむような言葉。

 時には、言葉は思い出にすぎない。だが、ときには言葉は世界全部の重さと釣合うこともあるだろう。そして、そんな言葉こそが「名言」ということになるのである。
 学生だった私にとっての、最初の「名言」は、井伏鱒二の
  花に嵐のたとえもあるさ
  さよならだけが人生だ
 という詩であった。
 私はこの詩を口ずさむことで、私自身のクライシス・モメントを何度のりこえたか知れやしなかった。「さよならだけが人生だ」という言葉は、言わば私の処世訓である。私の思想は、今やさよなら主義とでも言ったもので、それはさまざまの因襲との葛藤、人を画一化してしまう権力悪と正面切って闘う時に、現状維持を唱えるいくつかの理念に(習慣とその信仰に)さよならを言うことによってのみ、成り立っているようなところさえ、ある。

「去りゆく一切は、比喩にすぎない」とオスワルト・シュペングラーは歴史主義への批判をぶちまけている。たしかに、過ぎ去ってしまった時は比喩、それを支えている言葉もまた実存ではないと言うことができるだろう。

 だが、言葉の実存こそ名言の条件なのである。「名言」は、言葉の年齢とは関係ない。それは決して、年老いた言葉を大切にせよということではなく、むしろその逆である。老いた言葉は、言葉の祝祭から遠ざかってゆくが、不逞の新しい言葉には、英雄さながらのような、現実を変革する可能性がはらまれている。
 私は、そこに賭けるために詩人になったのである。言葉はいつまでも、一つの母国である。魂の連帯を信じないものたちにとっても、言葉によるつながりだけは、どうかして信じられないものだろうか?

 本当はいま必要なのは、名言などではない。
 むしろ、平凡な一行、一言である。だが、私は古いノートをひっぱり出して、私の「名言」を掘り出し、ここに公表することにした。まさに、ブレヒトの「英雄論」をなぞれば「名言のない時代は不幸だが、名言を必要とする時代は、もっと不幸だ」からである。

 そして、今こそ
 そんな時代なのである。


 2 暗闇の宝さがし
     映画館の中での名セリフ

 名台詞は、どこにでも転がっている。
 それは、たとえば長屋のおかみさんの身の上話や、競馬場の雑踏の中の人生相談。そしてまた、映画館の中の暗闇。「ほんとうは、名台詞などというものは生み出すものではなくて、探し出すものなのである」
 少年時代、私は映画館の屋根裏で生活していた。その頃の私の話相手はスクリーンの中の登場人物しかいなかった。孤独だった私は、映画の中の話相手の言葉から人生を学んだ。それからというもの、映画を観るたのしみは、いわば「言葉の宝さがし」に変ったのである。
 ここに挙げた映画は比較的新しい映画だが、なかの「名セリフ」を探すたのしみは、私の中で少年時代に育ちかわれたものにほかならないのである。