立ち読み

ロウソクの科学

著者:ファラデー
訳者:三石巌

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序 文
 原始時代のたいまつからパラフィンロウソクにいたるまで、その道のりの何と遠いことであろう。その二つのあいだのへだたりの、何と大きいことであろう。
 人間が暗夜にその家を照らす方法は、ただちにその人間の文明の尺度を刻む。
 不細工な素焼のかわらけに赤黒い炎をあげて燃える東方の国の液状瀝青、精巧でもその役目を果しかねたエトルリア人のランプ、エスキモーやラップ人の小屋を光よりも悪臭で満たす鯨やアザラシや熊の油、きらびやかな祭壇を照らす巨大なワックスロウソク、この国の街路にならぶガス灯の列――これらのすべては、それぞれに語るべき物語をもっている。
 もしも彼らに口がきけたなら、そして、それは彼ら自身の方法でできるのであるが、これらすべての灯火は人類の愉楽、家庭愛、勤労、そしてまた信仰にいかに奉仕したかを語って、われわれの心をあたためてくれるであろう。
 先史時代に生きた火の崇拝者、火の使用者の幾百万の人のうちには、疑いもなく火の神秘について思いをめぐらしたいくたりかがいた。おそらくは、いくつかの迷いなき心が、いちはやく真理のそばに近づいたことであろう。
 人類が救いのない無知の中に生きた時代を思ってみるがよい。一人の人間の生命がまたぐつかのまに、真理があばかれることを思ってみるがよい。
 原子また原子、環また環と、論理の鎖はきたえられていく。いくつかの環はあまりに性急に、あまりにか弱くつくられたためにこわれ、そして、よりよき細工におきかえられる。しかしいまや、大いなる現象はすべて知られ、その輪郭は正しく確かにえがかれて、腕ききの画家たちがその余白をうめつつある。この講演を修得する子どもは、火についてアリストテレス以上に理解する。
 ロウソクはいまや、自然界の暗黒の場所を照らしだすためにつくられた。吹管とプリズムとは、地殻に関する知識を追加しつつある。しかし、たいまつの光、いや知性の光はまっ先にたたねばならぬ。
 本書の読者のうちのいくたりかは、知識の蓄積を増すことに一生を捧げることであろう。科学のともし火は燃えあがらねばならぬ。
 炎よ行け。

W・クルックス  



 この講演で、どんな話がでてくるかをたのしみにお集まりくださったことの光栄にこたえるために、私は一本のロウソクをとりあげて、皆さんに、その物質としての身の上話をいたしたいと思います。
 以前にも一度、私はこの題目をとりあげたことがありました。気ままがゆるされるものならば、そんなことはおかまいなしに、毎年でも同じ話をくりかえしたいところなのです。
 ロウソクの身の上には、あちらから見てもこちらから見ても、興味をそそる話の種だらけでして、それが科学のいろいろな分野につながる道の多様なことは、まったく驚くほかありません。この宇宙をまんべんなく支配するもろもろの法則のうちで、ロウソクが見せてくれる現象にかかわりをもたないものは一つもないといってよいくらいです。
 自然科学の勉強の入口として、一本のロウソクの物質的現象を考えることほど、打ってつけな、そしてはいりやすいものは、皆さんにとってありようがないと思います。私は、そんなつもりで、新しい題目をとるかわりにロウソクを選びましたが、そのために皆さんをがっかりさせるようなことはあるまいと信じております。ほかの新しい題目がいくらよさそうに見えても、ロウソクよりましだとは考えにくいのです。
 ところで、本題にはいるまえに、一言おことわりしておきたいことがあります。
 ロウソクの身の上話はいくつかの大きな問題をふくんでおりますが、そして、私はそれをごまかさずに、厳密に、しかも学問的に扱おうとしてはおりますが、そうかといって、ここにおいでの皆さんのなかの小さなかたたちにわかっていただけないようなことをお話しするつもりはありません。
 ところで、若いかたたちをまえにおいて講演をするのですから、私自身もひとりの青年になることの特権を要求させていただきます。これまでのクリスマス講演で、私はいつもそのようにしてまいりました。よろしければ、今回もまたそうさせていただきたいのです。私はいま、公開の席でものをいっているのを心得てこの壇にたっておりますが、私にもっとも近しい人に話しかけるのと変わらない親しさで講演する気持ちをおさえずに、おしゃべりをすすめたいと思っております。
 さて、少年少女諸君、まずはじめに私は皆さんに、ロウソクが何でつくられているかをお話ししなければなりません。
 ロウソクのなかまには、とびきりの珍品があります。ここに私はいくつかの木片をもってまいりましたが、これらはよく燃えることでとくに知られている木の枝です。ごらんください。これがその珍品の一つで、アイルランドの湿地で採集した『ロウソクの木』のきれはしです。この木はかたくて丈夫なために、大きな力のかかるところに、まことに適しております。それにまた、かくべつよく燃えるために、この木がたくさんはえている地方の人たちは、これを切ってたいまつにいたします。それは、ロウソクのように炎をあげて燃え、びっくりするほど明るい光をはなちます。
 こういうわけで私たちは、この木のなかに、ロウソクの一般的性質についての、何にもましてみごとな説明を見ることができるのであります。用意された燃料、その燃料が化学変化のおこる場所へはこばれる方法、その化学変化のおこる場所への規則正しくおもむろな空気の供給、熱、そして光――この木の小さな切れはしによっておこなわれるこれらすべてのことから見て、このものは文句なしに天然のロウソクを形づくっております。
 こんなロウソクもあるにはありますが、私は、店に売っているロウソクについて話をしないわけにはまいりません。
 ここにもっております三本のロウソクは、皆さんに『ひたしロウソク』とよばれているものであります。これの製法は、一定の長さに切った木綿糸を一つの環にぐるりとつるしまして、熱でとかした牛脂のなかに、これをひたしてはとりだしてひやし、ひたしてはとりだしてひやすという作業を、糸のまわりにロウソクの太さの牛脂がつくまで、何べんでもくりかえすやりかたであります。
 さて、ロウソクというもののいろいろな特性の観念をはっきりしていただくために、私の手のなかにあるこのロウソクをごらんいただきましょう。このものはとても小さくて、たいへん変わっております。これはじつは、炭坑の坑夫たちが使っているもの、いや、使っていたものであります。
 昔の習慣だと坑夫たちは、自分の使うロウソクを自分でつくらなければなりませんでした。それはよいとして、小さなロウソクは大きなロウソクにくらべて、炭坑のなかの爆発性ガスに引火しにくいと考えられておりました。この理由とならんで経済上の理由もありまして、坑夫たちは、一ポンド(約四五三・六グラム)の牛脂から、二十本、三十本、四十本、はなはだしい場合には六十本というぐあいに、たくさんの小さなロウソクをつくったものであります。
 その後、坑夫たちの手製のロウソクは、スティールミルに、それからデービーの安全灯にと、さまざまな危険性の少ない灯火にとってかわられてまいりました。
 つぎにお目にかけますものは、沈没軍艦ロイヤル=ジョージ号からパスリー大佐がひきあげられたロウソクであります。このものは長年のあいだ海にしずんで、塩水の作用をうけておりました。これをごらんになれば、ロウソクが保存のきくものだということがおわかりになるでしょう。これは、ひび割れはありますし、大きくかけてもおりますが、火をつけますと、ちゃんとあたりまえに燃えます。牛脂というものは、熱でとかされれば、たちまちそのもちまえの性質をとりもどす物質なのであります。
 ランベスでロウソクを製造しておいでのフィールドさんが、ロウソクのみごとな見本とその原料とを、ふんだんに私にくださいました。これからそれについて説明することにいたします。
 まず、このものは牡牛の脂肪でスエットと申します。たぶん、ひたしロウソクの原料にするロシア産のものかと思います。ゲイ=リュサックでしたか、それともまた彼に研究をたのまれた人でしたか、どちらかがこのスエットを、ステアリンという美しい物質に変えることに成功いたしました。スエットのそばにならべた白いものがそれですから、どうかごらん願います。
 ご存じのとおり、現在のロウソクは、ただの牛脂でつくった牛脂ロウソクのような油でべたつくものではなく、さらっとしたもので、何もよごさずに、とけておちたしずくをかきとって粉にしてしまうことができます。
 さて、ゲイ=リュサックがステアリン酸をつくった方法を説明することにいたしましょう。
 まず、ヘットすなわち牛脂を生石灰といっしょに煮て沸騰させます。すると一種のセッケンができてまいります。そこで、これに硫酸を加えてセッケンを分解しますと、石灰がとりのぞかれて、牛脂がステアリン酸となってのこるのであります。そして、同時に多量のグリセリンがでてまいります。まるで砂糖みたいな、いや砂糖によく似た甘味のある物質であるグリセリンは、こういう化学変化によって牛脂からでてくるものなのであります。
 ところで、こうしてできたステアリン酸とグリセリンとの混合物は、分解しそこなった牛脂をふくんでおります。そこで、圧力をかけて油をしぼってまいりますと、ここにならべたようなかたまりができるのであります。これを順にごらんいただくと、圧力の増加につれて、不純物が油につれられてみごとにぬけていくようすがおわかりかと思います。
 この作業の最後にはステアリン酸だけがのこりますので、これを熱でとかして型にいれますと、ここにお目にかける雪のようなロウソクができあがるのであります。いま私の手にあるロウソクは、いまお話し申しあげた方法で牛脂からとりましたステアリン酸を原料とするステアリンロウソクであります。
 さて、つぎは鯨油ロウソクといたしましょう。これは、マッコウクジラの油を精製してつくったロウソクであります。
 つぎにありますものは、黄色の蜜蝋と精製蜜蝋とであります。どちらもロウソクの原料になるものであります。
 これはまた、パラフィンというふしぎな物質であります。アイルランドの湿地に産出するパラフィンでは、パラフィンロウソクがつくられております。
 私たちが開国させたおかげで、あの世界のはての日本からとりよせることのできたロウソクもここにきております。これは、親切な友人が私に送ってきた一種の蝋で、ロウソクの原料がこれでまた一つふえたことになります。
 では、ここにあるようなロウソクは、どうやってつくったものでありましょうか。
 ひたしロウソクの製法については、さきほど話がすんでおりますから、こんどは鋳型ロウソクについて説明いたしましょう。
 まず、ここにあるロウソクのどれもが、鋳物になる原料でできていると仮定いたしましょう。
「鋳物だって!」
 皆さんは、こうおっしゃるかもしれません。
「なぜかだって。ロウソクは熱でとけるものではないか。確かに熱でとけるものなら、鋳物にできるではないか」
 ところが、そんなわけにはまいりません。ふしぎなことに、製造技術の進歩のなかで、また、要求される結果をうみだすためのもっとも適切な方法の工夫のなかで、期待が裏切られるようなことがよくおこるものであります。ロウソクは鋳物でつくれるとは限らないのであります。
 たとえば、ワックスロウソクは、どうしても鋳物ではつくれません。それは、特別な方法でつくられるものであります。その説明は一分か二分でできるのですが、私はそれに対して時間をさくことをひかえさせていただきます。ワックスはひじょうによく燃えるものでありまして、ロウソクの形にしても、あたためればすぐにとけだしますが、鋳物にすることはできません。
 とにかく、ここでは鋳型ロウソクについてお話しいたしましょう。
 ここに、ロウソクの鋳型をたくさんとりつけた枠があります。この鋳型の一つ一つには、まず芯をとおさなければなりません。
 この小さな針金につるしたものは、燃えているさいちゅうに芯を切ることのいらない、木綿の糸を編んだ芯になっております。この芯は、鋳型の底の木釘にしばりつけてあります。その小さな木釘には、芯をぴんとはることと、底の穴をふさいで、とけた牛脂がもれるのを防ぐのと、二つの役目があります。鋳型の上には小さな棒が渡してあります。それが、鋳型につるした芯を支えているわけであります。こういう用意をしておいて、牛脂を熱してとかし、それを鋳型いっぱいに流してみます。
 しばらくして、鋳型がひえましたら、余分の牛脂をすみからこぼしてしまって、まわりの牛脂をすっかりきれいにふきとり、芯の両はしを適当に切りとります。こうしますと、鋳型に一本ずつのロウソクができあがりますから、私がここでお目にかけるとおり、ただ、枠をさかさにしさえすればよろしいのです。これで、ロウソクがころげおちてまいります。ロウソクは、先のほうよりもとのほうがつぼんだ円錐形をしているからであります。こういう形のせいだけでなく、かたまるときに収縮するせいもありまして、ちょっとゆすぶるだけで、ロウソクはおちてまいります。この方法で、ここにありますステアリンロウソクも、パラフィンロウソクもつくることができます。
 さて、ワックスロウソクの製造は奇抜なものといえます。ごらんのとおり、たくさんの木綿糸が枠からぶらさがっていて、一本一本の芯の下のはしには金属製の帽子がついていて、それから先にワックスが流れていかないようにしてあります。ワックスをとかしている炉のそばに、この枠をもってまいります。その枠は、こんなぐあいにぐるぐるまわります。これをまわしておいて、ひとりの職人がワックスの容器を手にもち、つぎからつぎと、目の前にきた芯に順々にワックスをそそぎかけるのであります。一まわりするころには、前のものが十分にひえておりますので、その職人は、二回目のそそぎかけをいたします。こんなぐあいにいたしまして、一本のこらずが予定の太さになるまで、これをつづけていくのです。
 こうしてワックスの衣をきせられて、ロウソクがきまった太さになりますと、それを枠からとりはずして、よそへもってまいります。
 フィールドさんのご好意で、こうしてつくったワックスロウソクの見本が何本かここにあります。このものは、半製品の見本であります。
 鋳型からとりだしたロウソクは、みがいた石の板の上でころがして、側面の形をととのえましてから、特別な形の鋳型を使って、頭に円錐形のかっこうをつけます。それから、お尻を切りますと、鋳型ロウソクは完成いたします。
 この作業は、ひじょうにたくみにおこなわれるものでありまして、職人たちは、一ポンドのワックスから、四本でも六本でも、思いのままの数のロウソクをつくることができます。
 ところで、ロウソクの製法ばかりに時間をかけるわけにはまいりません。ロウソクの本質についてのお話を、もう少し進めさせていただこうと思います。
 私はまだ、ロウソクなかまのぜいたくにはふれませんでしたが、実を申しますと、けっこうぜいたく品といえるものがあるのであります。こちらにあるロウソクの色彩が、どんなに美しいかをごらん願いましょう。紫色もあります。洋紅色もあります。近年発見されたすべての合成染料の色があります。
 それに、形もまたさまざまであります。ここにお目にかけるロウソクは、溝をほりこんだ、この上なく美しい形をしております。
 それからまたこちらには、ピアスオールさんに頂戴した何本かがあります。このロウソクに火がつきますと、まるで、まばゆい太陽が上に、花束が下にでもあるかのように見えるデザインがほどこしてあります。
 ところで、精巧な美しいものがすべて有用とは限りません。この溝つきロウソクは、美しいことは美しいのでありますが、感心いたしません。むりな形のおかげで、まずい点がでてきております。
 それはそうといたしまして、各方面の親切な友だちから送っていただいたこれらの標本をお目にかけようといたしますのは、ロウソクの細工にもいろいろなものがあることを、ごらんいただくためであります。しかし、以前にも申しあげたとおり、形にこりますと、実用性においては多少の犠牲をかくごしなければならなくなるのであります。
 さて、こんどはロウソクの光についてお話しいたしたいと思います。ここにありますロウソクに火をともして、それのもちまえの機能を発揮させることにいたしましょう。
 まず、ロウソクは石油ランプとだいぶちがったものだということをごらん願わなければなりません。石油ランプでは、石油を油つぼにいれ、そのなかに少量のコケの芯、または木綿の芯をたてて、その先に火をともします。その炎は、芯をつたわって石油の表面までおりていって、そこで消えております。しかし、芯の上の部分では燃えつづけます。
 皆さんはこのあたりで、きっとこんな質問をなさることでしょう。それ自身では燃えない石油が、芯のてっぺんまでのぼっていって、そこで燃えるのはどうしてかと。
 さっそく、それにこたえる実験をいたしましょう。そういたしましても、ロウソクの燃焼では、石油の燃焼にもましてふしぎなことがおこっております。ロウソクには、容器をもたない固体があります。その固体の姿の物質が、どうやって炎のある所までのぼっていけるのでしょうか。固体は流れる物体でもないのに、どうしてそこまでいくのでしょうか。もしそれが、固体でなくて液体だというのなら、どうしてそれがかたまってロウソクの形を保っているのでしょうか。この問題は、ロウソクのふしぎの一つと申せましょう。
 ところで、明りのともったロウソクのまわりには、かなりの風がおこっております。その風は、私たちの研究の助けになることもないではありませんが、じゃまになることもあります。いまは多少の規則性がほしくありますし、事柄の単純化がほしくもありますので、風をさえぎって、しずかな炎をつくることにいたしましょう。現象の本質に属しないことから困難がおきたとしたら、だれが研究に成功できるでしょうか。
 行商人や露天商人が土曜日の晩の夜店で、野菜やジャガイモや魚を売るとき、だいじな明りのロウソクの風をよけるのに、頭のよい工夫をしております。私はそれを見るたびに感心してまいりました。彼等は、ほやでロウソクをかこいます。そのほやは、一種の台の上にしっかりとめてあって、必要に応じて上にも下にもすべらせるしかけにできております。
 このやりかたでほやを使えば、皆さんはゆれない炎をつくることができ、それを観察することも実験することもおできになります。家にお帰りになったら試みていただきたいと思います。
 ところで、ロウソクを観察して最初にわかることは、てっぺんにみごとなカップができていることでしょう。ロウソクの所へきた空気は、燃焼の熱がおこした気流に運ばれて、上のほうへ動いていき、ワックスや牛脂、つまり燃料の側面をひやして、へりの部分を中心部よりも低温に保たせます。カップの内側の部分は、燃焼ができなくなる所まで芯をおりていった熱にとけておりますが、その外まわりの部分はとけません。
 一方からロウソクに風を送ってみますと、このカップがかたむいて、とけた蝋がこぼれだします。地球をかためている重力と同じ力が、この液体に水平な位置を保たせるわけでして、もし、カップのへりが水平でなくなれば、むろんとけた蝋はあふれてこぼれるわけであります。
 そういう理由によって、ロウソクの頭のカップは、全側面をたちのぼってロウソクの外壁をひやしている、みごとに規則正しい上昇気流のおかげで形づくられているのであります。
 このカップをつくる性質をもたない燃料は、ロウソクの原料の資格がありません。アイルランドのロウソクの木は例外ですが、これは海綿状の組織のふくむ燃料が組織もろとも燃えるためであります。先ほどお目にかけた不規則なぎざぎざのある美しいロウソクが燃えるときには、まずいことがおきまして、ロウソク特有の、たぐいまれな美しさをたたえているあのみごとなカップができそこなうわけがおわかりと思います。
 そこで皆さんには、有用度を目標とする製造の完全性というものが、美の要点であることを心得ていただきたいと思います。外見が最上のものではなく、働きの上で最上のものが、私たちにとってもっとも有用なものなのであります。このていさいのよいロウソクは、使ってみては悪いロウソクなのであります。気流の不規則性と、それによるカップの形の不正とのために、とけた蝋はだらしなくこぼれてしまうのであります。
 とけた燃料が、カップのへりからロウソクの側面に流れおちて、ほかの部分よりそこがもりあがったとき、皆さんは、上昇気流の働きのいちじるしい例がごらんになれます。皆さんがこのことに気づくことを、私は信じております。ロウソクが燃えつづけてまいりますと、そのもりあがりはなくなるどころか、かえって小さな柱となってたちあがります。それがせりだしているために風当りが強く、よけいにひやされて、すぐそばの炎の熱作用に対抗できるために、へりの高さよりも高くそびえたつのであります。飾りロウソクの設計者の場合に見られるような決定的な誤まりや失敗は、やってみなければえられないような性質の教訓を、しばしばもたらすのであります。この教訓に導かれて、私たちは自然の探究者になっていくのであります。
 何か一つの結果を見たとき、ことにそれがこれまでとちがうものであったとき、皆さんは、「何が原因だろうか。何でそんなことがおこるのだろうか」と、疑問をもつことを、いつでもお忘れないことを希望いたします。こんなふうにして、皆さんは長いあいだに真理を発見していくことになります。
 ここに、ロウソクについて、ほかの観点から解決しなければならない疑問が一つでてまいりました。それは、とけた液体がカップからでていって、芯をよじのぼり、燃焼の場所にたどりつく方法は何かという問題であります。蜜蝋・ステアリン・鯨蝋などでつくったロウソクの燃えている芯の上の炎が、蝋やほかの燃料の所までおりていくこともなく、それをすっかりとかすこともなく、いつもきまった位置にとどまっていることをご存じでしょう。ロウソクの炎はカップの中の液体からある距離をへだてていて、カップのへりをこわそうとはいたしません。一本のロウソクにおいて、ある一つの部分がほかの部分と最後まで助けあっていく状態に見られる関係ほど、みごとな調整作用の例をほかに想像することはできません。
 このような燃えやすい物質が、ゆるゆると燃えつづけ、けっして炎の侵入をゆるさないことは、まことに心を打つ光景であります。皆さんが、炎が強烈なものであること、それにとらえられれば、蝋が破壊されるほどの力をもっていること、それが近づいただけでも、蝋の形をくずすほどの力をもっていることなどを学んだとき、この感激はひとしおでありましょう。
 それにしても、炎はどうやって燃料の供給をうけるのでありましょうか。そこには、みごとな観点があります。それは毛管引力であります。
「毛管引力ですって」「髪の毛の引力だ」――こんなことを皆さんはおっしゃることでしょう。よろしい。名前を気にすることはありません。毛管引力という名前は、そのほんとうの力の意味が正しく理解されるより前についたものなのですから。ロウソクの燃料が、燃焼のおきている部分に運ばれて、いいかげんではなく、その場所の正しい中心にまちがいなくおさまるのは、毛管引力とよばれる作用の結果なのであります。
 ついでに、毛管引力の実例を一つ二つご紹介いたしましょう。互いにとけあわない二つの物体をぴったりくっつけているのは、こういう種類の作用、すなわち毛管引力であります。
 皆さんが手を洗うとき、手はすっかり水にぬれることでしょう。水をもっとよく手にくっつけるために、ちょっとセッケンを使いますと、皆さんの手は、ただの水のときより長いあいだ、ぬれたままでおります。この現象は、私がこれからお話ししようとする毛管引力によるものであります。それからまた、もしも皆さんの手がぬれていなかったのなら、生活上の習慣でたいていはいつだってそうでしょうが、その指先をぬるま湯につっこんで、そのままおりますと、水はその指のあいだのすきまに少しばかりはいあがってくることでしょう。
 ここにありますのは、多孔性の物体、つまり食塩の山であります。この皿の底にそそごうとしておりますものは、見かけはただの水のようですが、そうではなくて、これ以上は食塩をとかしこむことのできない飽和食塩水であります。ですから、皆さんがこれからごらんになる現象は、それが食塩を溶解することによるものではありません。
 皿をロウソクのカップに、食塩の山をロウソクの芯に、食塩水をとけた牛脂になぞらえたいと思います。私はその現象をはっきり見とどけていただくために、食塩水を青くそめておきました。
 よくごらんください。いま私は、食塩水をそそぎます。それは食塩の山を、高く高くしずかにのぼっていくことでありましょう。もし、山がくずれないものとしますと、食塩水は頂上までたどりつくことでありましょう。またもし、この青い溶液が可燃性の物質でありましたなら、そして、食塩の山の頂上に一本の芯をたてて火をつけましたなら、食塩水が芯にしみこむにしたがって、それは燃えることでありましょう。こんな現象のおこるのを見たり、それにつきまとっている奇妙な情況を観察したりすることは、何にもまして心をうばわれることであります。
 皆さんは手をお洗いになったとき、タオルで水分をふきとることでしょう。タオルが水にぬれるのも、ロウソクの芯が牛脂でぬれるのも、これと同じ種類の現象でありまして、同じ性質の引力によるものであります。注意深い人たちだって、こういうことがないとも限りませんが、不注意な少年少女諸君が、手を洗ってふいたあとで、そのタオルを洗面器のふちに投げかけたために、まもなくそれが洗面器の水をすっかりひきだして、床に運んでしまうことがあるのを、私は見て知っております。偶然、洗面器のふちに投げかけられたタオルは、サイフォンとしての働きをあらわしたのであります。