立ち読み

クラシック音楽の歴史

著者:中川右介

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1 人類最古の音楽

 西洋音楽の起源は古代ギリシャにまでさかのぼる。だが、西洋音楽だけが音楽ではない。東洋にもアフリカにも南北のアメリカ大陸にも、古代から音楽は存在していたはずだ。
 というよりも、いまの人類よりも前に地球に登場していたネアンデルタール人も歌っていたらしい。彼らは言語はもっていなかったが、音楽はもっていたらしいのだ。
 このことはヒトの発育過程をみても理解できる話だ。言葉が理解できない赤ん坊でも音楽には反応する。「マタニティ・モーツァルト」というようなCDが売れたこともあり、クラシックは胎教にいいとされている──ということは、胎児でも音楽に反応するということだ。理解するとか、感動するとかいうレベルではないにしても。
 認知考古学者スティーヴン・ミズンが書いた『歌うネアンデルタール──音楽と言語から見るヒトの進化』(邦訳、早川書房)によると、音楽は進化の過程で「言語」の副産物として誕生したのではなく、その逆だったという。ネアンデルタール人は言葉によらず、歌(メロディーだけであろうが)でコミュニケーションをとっていた。その後の人類は言語を獲得したので、意思の疎通は言語で行なうようになり、音楽は感情表現の手段にまわったという。言語と音楽とが役割分担されたのだ。
 もちろん仮説だが、興味深い。
 人類が音楽を奏でていたという証拠として、最も古いとされているのは、ドイツのウルム近郊の洞窟で発見されたシロエリハゲワシの翼の骨で作られた笛で、約三万五〇〇〇年前のものと推定される。この時代のことは「歴史」としては何も分かっていない。王朝など、歴史が分かっている時代としては、古代メソポタミアのウル王朝の遺跡の墓から、ハープ、管楽器、打楽器などが出土し、紀元前二五〇〇年頃のものとされている。
「クラシック音楽」の誕生は西暦一六〇〇年前後なので、音楽の歴史全体のなかでは、ごく最近の「新しい音楽」にすぎない。さらにいえば、「クラシック音楽」は地球全体のなかでは、ヨーロッパという狭い地域で誕生・発展したものにすぎない。
 それが、西洋文明が全世界を制覇したのと同じように、世界音楽全体の上に君臨するようになった。というよりも、西洋文明が世界を制覇するための道具のひとつとして、音楽は使われたとも言える。

2 最古の「クラシック音楽」

 レコード店に行けばクラシック・コーナーのなかに、「宗教曲」というジャンルがあり、大きなスペースを占めている。日本のキリスト教徒人口の比率から考えると、異様なほどである。といって、クラシック・ファンの多くがキリスト教徒だというわけではないだろう。宗教曲のCDを買って聴いていても、信仰は持っていない人のほうが圧倒的だ。ようするに、音楽作品として宗教曲を聴いているだけで、信仰しているわけではない。キリストの誕生を祝ってもいないのに、クリスマス・ケーキを食べるのと同じようなものである。
 クラシック・ファンが、信じてもいない宗教の曲を聴いているのは、クラシックとキリスト教は切っても切れない関係だからだ。大作曲家のほとんどがミサ曲、レクイエムなどを作曲している。このような宗教曲を無視してはその作曲家について語ることができないので、聴いている。
 その教会音楽の代表で、二十世紀の終わりにヒーリング(癒し)系音楽がブームになったときに、ベストセラーになったのが「グレゴリオ聖歌」のCD。この聖歌が、「最古のクラシック音楽」といわれている。この曲はカトリック教会の典礼のための聖歌で、楽器の伴奏はなく、聖歌隊による歌のみ。五九〇年から六〇四年にかけて教皇の座にあった、グレゴリウス一世が集成したので、「グレゴリオ聖歌」と呼ばれていた。しかし、現在の研究では、グレゴリウス一世よりも後の時代らしい。
「グレゴリオ聖歌」が「最古のクラシック音楽」とされているのは、「いまも演奏する(歌う)ことができる最古の曲」という意味だ。つまり「楽譜」がのこっている最古の音楽なのだ。それ以前の音楽でも楽譜らしきものがのこっているものもあるが、読解できないので演奏できない。たとえば古代エジプトでどんな音楽が奏でられていたのかは、空想するしかない。日本の平安時代の音楽も、テレビドラマなどで演奏されているのは、こんなものだろうと想像して作ったもので、当時のものがずっと伝わっているものではない。
 そんな無数の「昔の音楽」のなかで、教会音楽は、それを記録しておく楽譜があったので、いまも再現が可能なわけだ。
 現存する最古の「聖歌」が記録されている楽譜は「ビザンチン・ネウマ譜」と呼ばれるもので、九〇〇年前後のもの。あくまで、おおまかな旋律の動きを記しただけのものだった。「グレゴリオ聖歌」は一本の旋律しかない音楽(モノフォニー)だったので、それで充分だったのである。やがて、十二世紀から十三世紀にかけて、パリのノートルダム大聖堂を中心に活躍した人々(ノートルダム楽派という)が、複数の旋律からなる音楽(ポリフォニー)を生み発展させた。こうして、音楽は複雑になっていくのである。
 現在使われている五線譜の楽譜の原型が誕生するのは十五世紀半ば。これによって、音の高さと長さが記録できるようになった。曲の構成要素のかなりの部分が、記録できるようになったのである。
 映画やドラマなどでは、小説家が原稿用紙に向かうのと同じように作曲家が五線譜にペンを走らせて作曲しているシーンがよく登場する。しかし、最初の楽譜は「創作」のためのものではなく、あくまで「記録」のためのものだった。
 そもそも、「藝術家」「創作者」としての作曲家が登場するのは、バロック時代になってからなのである。